ChatGPT「アダルトモード」解禁
LLMと利用者の関係が迎える危うい転換点 OpenAIが「アダルトモード」を解禁するという報道が出た。海外でも同じ内容が伝えられており、成人認証を前提に従来よりも成熟した会話表現を許可する方向に進んでいるとされる。一見すると単なる表現の幅を広げる機能追加のようにも見える。しかし、この動きは人間とLLMの関係性を根本から変えてしまう可能性がある。 私が憂うのは技術そのものではない。最も問題なのは、利用者側の誤解や過度な感情移入、依存、そして過剰な期待である。そしてその誤解を生む最大の原因こそ、企業やメディアがLLMを「AI(人工知能)」と呼び続けてきた誇大表現にある。 「AI」という呼称が引き起こす誤解 ChatGPTやGeminiなど、世間では“AIチャットボット”と呼ばれるが、その正体は「意思や自我を持たない巨大言語モデル(LLM)」である。膨大なテキストの統計処理を行い、人間らしい文を生成するだけで、自分で思考しているわけではない。 しかし「人工知能」という言葉が浸透したことで、多くの利用者はこれらを「考える存在」「感情を持つ存在」と錯覚する。その誤解が、感情移入、擬似恋愛、過度な依存、擬人化といった問題を生んでいる。アダルトモードが導入されれば、この傾向はさらに強まるだろう。 アダルトモードがもたらす距離感の崩壊 今回の解禁が危険視されるのは、単に成人向け表現を許可するというだけではない。人とLLMの距離感が曖昧になり、境界線が崩れていく可能性がある点だ。すでにLLMへの恋愛依存や「理解してくれる存在」と誤認する事例は多く、そこへ親密な会話が可能になる機能が加われば、心理的距離はさらに縮まる。 企業は「安全性を高める」「自由度を向上させる」と語るかもしれないが、実際にその全てを抱え込むのは利用者であり、精神的な負荷や依存のリスクは確実に増える。 問題の本質は技術ではなく“誤ったラベリング” 私が最も危惧している点は、LLMを「AI」と呼ぶことが利用者の誤解を誘発し、それがすべての問題の起点になっているという点だ。人工知能という言葉は、利用者に「人格」や「理解力」「意思」の存在を投影させる性質を持つ。 もしChatGPTやGeminiが最初から「LLMシステム」と呼ばれていたら、ここまで擬人化が進むこと...