投稿

1月 7, 2026の投稿を表示しています

LLM時代のブログ

イメージ
私が書き続けたい理由 最近、ブログというものの在り方が大きく変わってきたと感じている。 特にここ数年で、LLMの台頭によって文章生成のハードルは大きく下がり、個人ブログであっても、かなりの分量の文章を短時間で用意できる時代になった。 私も、そのひとりである。 実際、今ネット上にある多くのブログは、程度の差こそあれLLMの力を借りて書かれているのではないだろうか。 下書き、要約、構成整理、言い換え。 どこかの工程にLLMが関与していること自体は、もはや特別なことではない。 一方で、LLMが存在しなかった時代から続き、今も一定の人気を保っているブログがある。 それらを読んでいると、内容以前に「読み方が分かる」「迷わず読める」という共通点があるように思う。 文章が特別に上手いかどうかよりも、構成が安定しており、読者が途中で疲れない。 これは才能というより、長年の積み重ねによって作られた型の力なのだろう。 プロの物書きであれば、文章は本人の手を離れ、編集者や校閲者の目を通って整えられる。 書き手は内容に集中し、構成や読みやすさは別の専門家が担う。 しかし、個人ブログではそうはいかない。 書くのも自分、構成を考えるのも自分、読みやすさを担保するのも自分だ。 実際にやってみると分かるが、これは想像以上に大変である。 文章を書くこと以上に、「どう読まれるか」を常に意識しなければならない。 段落の切り方、改行の位置、話題の区切り。 どれも地味な作業だが、読みやすさに直結する。 私は文章力も編集力も高いとは言えない。 だからこそLLMを使う。 これは思考を代行させるためではなく、編集工程を外部化するための選択だ。 ただし、LLMを使えば自動的に読みやすくなるわけではない。 指示を与えなければ、文章は簡単に散らかる。 LLMは非常に便利な道具だ。 しかし、放っておくと「それらしい文章」を量産する方向に最適化される。 読みやすさよりも、 一般的であること、 もっともらしいこと、 検索に引っかかりそうなこと。 その結果、タイトルだけが大げさで、中身は薄く、広告に分断された文章が大量に生まれる。 正直に言って、そうしたブログを読む気は起きない。 私は、そうはなり...