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氏名は誰のものか

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松田聖子の商標問題から見える、日本の商標法改正と海外制度との決定的な違い 芸能人・松田聖子が自身の芸名を商標登録しようとしたところ、「本人と断定できない」という理由で特許庁から拒絶理由通知を受けた、というニュースは、一見すると奇妙に映る。国民的スターとして数十年にわたり活動してきた人物が、なぜ「本人であること」を改めて証明しなければならないのか。 しかしこの出来事は、単なる手続き上の行き違いではない。そこには、日本の商標法が近年の改正によって大きく性格を変えたこと、そしてその結果として新たな問題の芽を内包するようになった現実が、象徴的に表れている。 本稿では、この松田聖子の事例を起点に、日本の商標法改正の中身とその影響、さらに海外の「名前の商標制度」との違いを比較しながら、今後どのような問題が発生し得るのかを整理する。 従来の日本の商標法では、氏名や芸名といった「人の名前」を商標登録する際、同姓同名の人物が存在する場合、その全員の承諾が事実上必要とされるなど、非常に厳格な運用がなされてきた。この制度は、第三者によるなりすましや便乗を防ぐという点では安全側に倒れていた一方で、本人であっても権利化が困難になるという問題を抱えていた。 特に、芸能人や作家、配信者など、名前そのものが経済的価値を持つ職業においては、「自分の名前なのに商標として守れない」という矛盾が顕在化していた。 こうした背景から、2024年に商標法が改正され、同姓同名者全員の承諾を必須としない、不正目的や混同のおそれがなければ登録を認めるという、より柔軟な制度へと舵が切られた。 表面的には「本人が登録しやすくなった」改正であり、実際その側面は否定できない。 しかし、制度が緩くなるということは、同時に「防波堤が下がる」ということでもある。松田聖子の件で特許庁が「本人と断定できない」として宣誓書を求めたのは、まさにこの緩和の副作用だ。 以前であれば、著名人の名前はそもそも第三者が出願しにくかった。ところが現在は、「形式的に整った出願」であれば、まず通してから問題があれば争う、という構造に近づいている。 その結果として想定されるのが、同姓同名の別人が異なる分野で名前を商標登録する、配信者やインフルエンサーが本名で活動しグッズを販売する、消費者が...