LLM時代のブログ
私が書き続けたい理由
最近、ブログというものの在り方が大きく変わってきたと感じている。
特にここ数年で、LLMの台頭によって文章生成のハードルは大きく下がり、個人ブログであっても、かなりの分量の文章を短時間で用意できる時代になった。
私も、そのひとりである。
実際、今ネット上にある多くのブログは、程度の差こそあれLLMの力を借りて書かれているのではないだろうか。
下書き、要約、構成整理、言い換え。
どこかの工程にLLMが関与していること自体は、もはや特別なことではない。
一方で、LLMが存在しなかった時代から続き、今も一定の人気を保っているブログがある。
それらを読んでいると、内容以前に「読み方が分かる」「迷わず読める」という共通点があるように思う。
文章が特別に上手いかどうかよりも、構成が安定しており、読者が途中で疲れない。
これは才能というより、長年の積み重ねによって作られた型の力なのだろう。
プロの物書きであれば、文章は本人の手を離れ、編集者や校閲者の目を通って整えられる。
書き手は内容に集中し、構成や読みやすさは別の専門家が担う。
しかし、個人ブログではそうはいかない。
書くのも自分、構成を考えるのも自分、読みやすさを担保するのも自分だ。
実際にやってみると分かるが、これは想像以上に大変である。
文章を書くこと以上に、「どう読まれるか」を常に意識しなければならない。
段落の切り方、改行の位置、話題の区切り。
どれも地味な作業だが、読みやすさに直結する。
私は文章力も編集力も高いとは言えない。
だからこそLLMを使う。
これは思考を代行させるためではなく、編集工程を外部化するための選択だ。
ただし、LLMを使えば自動的に読みやすくなるわけではない。
指示を与えなければ、文章は簡単に散らかる。
LLMは非常に便利な道具だ。
しかし、放っておくと「それらしい文章」を量産する方向に最適化される。
読みやすさよりも、
一般的であること、
もっともらしいこと、
検索に引っかかりそうなこと。
その結果、タイトルだけが大げさで、中身は薄く、広告に分断された文章が大量に生まれる。
正直に言って、そうしたブログを読む気は起きない。
私は、そうはなりたくなかった。
現在、私のブログには広告を入れていない。
収益を目的としていないし、人気ブログを目指しているわけでもない。
読んでくれる人は多くない。
それでも、文章だけは整えたいと思っている。
理由は単純だ。
内容に価値があるかどうかは別として、
せめて「読むこと自体が苦痛でない状態」にしておきたい。
私のブログは、万人に受ける内容ではない。
強い主張もあるし、賛同されない考えも多いだろう。
それでも構わないと思っている。
誰かに褒めてもらいたいわけではない。
評価されたいわけでもない。
炎上したいわけでもない。
ただ、どこかで誰かが読んで、
「こんな考えもあるんだね」
と、頭の片隅に置いてくれれば、それで十分だ。
そのためには、
構成が原因で途中離脱されるのは避けたい。
だから私は、毎回できるだけ同じ構成で書くことを意識している。
誰でも迷わず読める形を維持したい。
こうして考えてみると、私が Blogger を選んだ理由も感情ではなく構造的なものだったのだと思う。
楽天ブログを使っていた頃、ブログ主の意思とは関係なく広告が挿入され、文章の流れが何度も遮断されることに強い違和感があった。
文章が「読ませるもの」ではなく、「踏ませるもの」に変わってしまう感覚があった。
それは収益を目的とするブログであれば合理的なのだろう。
しかし、私のブログの目的とは噛み合っていなかった。
Blogger は、広告を入れるかどうかを完全に利用者に委ねている。
収益化を選ばなければ、文章は文章のまま存在できる。
Google にとって Blogger は、単体で利益を生む商品ではない。
検索という仕組みを支えるための、静かな情報の受け皿だ。
だからこそ、派手さも収益性もない個人の文章であっても、そのまま置いておくことが許されている。
多くの人に読まれなくてもいい。
収益を生まなくてもいい。
検索した誰かが、ひとつの考え方として見つけられればそれでいい。
そう考えると、私が Blogger を使うのは理にかなっている。
広告で文章を壊さず、人気や収益に引っ張られず、同じ構成で淡々と書き続ける。
そのための場所として、Blogger は過不足がない。
これは Blogger が優れているという話でもなければ、他のサービスを否定する話でもない。
ただ、自分の目的に対して、使う道具が合っているかどうか。
それだけの話だ。
私はこれからも、目立つことよりも読みやすさを優先し、正しさを競うよりも、思考を残すことを選ぶだろう。
その選択を続ける限り、
今のところ、私にとって Blogger は最も自然な場所であり続ける。

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